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とても良い

アメリアとアリアーヌのバチバチの少年バトル漫画みたいなライバル関係であり、一方で幼い頃から互いのために強く凛々しくあろうという想いを秘めてきた百合関係……すごい良い

百合特有の想いの深いすれ違いと、互いを強き者としてぶつかって認め合うアツさで泣きそう

二人の戦う姿が全く美しさも可憐さもないのがすごい良い
アメリアは限界突破で暴走寸前の身体で鼻血流すし、アリアーヌもひすら物理で殴るだけなのがむしゃらでアツすぎる………



とても良い

いきなり同一人物なのにモノローグは榎木淳弥、発言は釘宮理恵とかいうしっちゃかめっちゃかすぎるギャップがウケる
しかも、女装したレイのモノローグえのじゅん、発話はくぎゅうに慣れてきた瞬間、急にえのじゅんで喋り始めてバカ笑うんだが
アリアーヌさん「容姿と声のギャップがありすぎて頭がおかしくなりそうですわ」←本当そうだよ

アリアーヌちゃん「あの…声を戻していただけませんか……その、ギャップが……」
レイ cv榎木淳弥「あぁ」cv釘宮理恵「了解した」
もうこれ、声優の使い方がポプテピばりにおもしろすぎる

そして、キャロライン先生cv内田真礼が急に歌い出して、そのまま内田真礼のEDに入るのマジで何でもアリすぎる
さらにEDで 謎の水着サービスカットで??と思ってたら、最後に男どものサービスカット()も来て、またふざけ倒してるなと思ったが、そこから水着はだける→ビンタでBパート入りあたりの謎のビンタ跡が回収されるというストーリーだけじゃなくて構成でも怒涛のボケ倒し



とても良い

なんというか、ボケにボケで返すことでツッコミと成すような怒涛のボケ倒し回

「これがカブトムシですわよ、アメリア」とかいうクラリスの謎のカブト推し

レイくん、仮面ライダーばりの前宙参上からの「返事はレンジャーだろおおおお!!!!!」でバカ笑う

百合えっちな夢見てアメリアさんそういうのもイケるんすねとなってたら、猛烈にツインテを壁ドンしながら林檎食うレイが現れたとこで、目を覚ましてみれば忍者みたいに逆さ吊りしたレイがフライパンを鳴らしながら「返事はレンジャーだろおおおお!!!!」で怒涛のツッコミどころ



良い

ショタレイくんがきゃわいい
キャロラインちゃんの溢れる母性もかわいい

レイが無事でよかったよお〜〜〜って号泣する師匠良いな……じわっとくる
そして新担任、キャロラインちゃんなんすか……



普通

グレイ先生が敵だったのか……そるにしてもしぶとい
そして、レイくんの氷剣解放キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!



良い

人を褒め殺して赤面させる紹介をするレイくん、本当に根っからのクソ天然でウケすぎるし、女の子を褒める語彙がおもしろすぎて言ってて恥ずか死しないんか?となる

エリサちゃんとクラリスちゃんの不器用変人少女同士の絡み良いし、ドギマギしあってると思ったら、なんかいつの間にか仲良くなってレイ置いて一緒に帰ってるのすき

この絶妙なコメディセンス、素晴らしいな



良い

環境調査部(ガチムチ筋トレ部)

というか、何だこのメタクソパロディ異世界アニメは…
ハンターライセンスとか「環境調査部の柱になれ」ってなんだよ!!

師匠「あー♡いいっ♡」
レイ「さすがっ!師匠!」
師匠「もっかい褒めろ♡」
なんだこのよくわからんイチャ付きは……

髪上げワンピなエリサちゃんかわいい
科学魔術っぽいのさすおにっぽい



良い

まず、劇伴が岩崎琢氏っぽい

えのじゅんのなろう主人公の演技、なんてこんなに無になるんだ
というか、えのじゅんはやっぱこういう素直バカな主人公によく合う

レイ「エリサはとても美しい」
エリサちゃん「ひょえ…ひょ…ええええええ」←萌え

高度に理論化された魔術アニメだと思ってたら、筋肉アニメっぽいんだが……

いきなりサンシャイン池崎風の自己紹介をかましてくるクラリスちゃん、単純バカそうでかわいい



とても良い

みんなと温泉旅行
だけど、薬の効果が切れそうになってしまって……!?

そこで、まひろに突きつけられたのは再び女の子になる薬を飲むかどうかという選択
そして、まひろが選んだのはまた薬を飲むという選択肢

もちろん、これでまたまひろにとって、元の姿になる道は遠くなってしまう
だけど、それ以上に欲しかったのはこの日常が続くこと
もみじたちに囲まれたわちゃわちゃした日常の景色やそんなみんなとの間に生まれたこの繋がりはこの身体がもたらしたもので、まひろ♀がいなければこの輪は完成しない

みはりが言うようにまひろは変わった
以前のように出不精のコミュ障から少しだけ進んで、みんなと楽しく外に出ることにも臆することがなくなった
それに何よりもまひろがまひろらしくあれているのだ、以前の自分に自信なさげな姿とは違って、今のまひろはかわいらしい自分にどこか自信のようなものを持って、ありのままの自分らしくあれている
妹として姉として、みはりが嬉しいのはそこなんだと思うし、それがお兄ちゃん改造計画で求めていたものなのかもしれない

このちょっと不思議な日常はまだ続く、だけどそれにつれてまひろはもっとまひろらしくあれるのだ



良い

女の子が板についてきたまひろ

誕生日プレゼントでもらった色付きリップを塗ったら先生に怒られて、ホワイトデーには男子のお返しをこれじゃ足りない!!と突っぱねてみたり、年相応の女の子らしさ!?がいよいよ身になってきてしまって、もうこれこそおしまい!なのでは…!?



良い

バレンタイン
いつもは渡される側(といっても貰えてないだろうけど)のまひろだけど、今回は渡す側
友チョコ交換はまさに女子の特権!!
だけど、それを悲嘆な目で見る男子たち、そう、まひろにはその気持ちが分かるのだ
だから、いつもの少年たちにお情けの義理チョコを……と思ったら、飢えた男子たちの餌食になりかけて………
結局、みんなが手作りチョコをくれる中で、まひろの友チョコも義理チョコもみはりが用意してくれた一律同じな既製品だったけれど、そんなみはりにあげるチョコはちょっと特別なチョコ
お姉ちゃんにはとっておきの感謝の気持ちを込めてハッピーバレンタイン



良い

クリスマスに年末年始とこの一年を締め括る時期

まひろにとってのこの一年は新しいこの身体で、新しい出会いを重ねた一年
クリスマスにはみはりとかえでを追って、もみじとデート!?で、初詣の先ではあさひやみよと出会い、まさにこの何もかもが新しかった一年を象徴するようなイベント続きだった

そんなまひろが初詣でこれからの一年にお願いしたことは……、きっとそれは言うまでもなく、この輪をもっと笑顔で満たしていきたいということなんだと思う



良い

お泊まり会
おねーちゃんでいもうとなまひろを見れた回

もみじたちが家に押しかけてきて、お泊まり会
お風呂に誰と入る?となったまひろはなぜか結局みはりと入ることに……
どうも思ってまひろとは対照的にドギマギさせられてしまうみはりだけど、昔を思い出すなぁというまひろの言葉になんだか心の距離が縮まる

そして、おやすみの時間
あさひがお化けの話でびびらせたせいで、もみじがおねしょ………
だけど、まひろが本当は年上のおねーさん?らしく、上手く片付けてくれた上、おねしょのことまで庇ってくれて
だけど、自分が寝る布団がなくなったからと、みはりの布団に潜り込むのはちょっぴり甘えた心の裏返しのようにも見えたり

そんなまひろの年上らしさと共に裏返しの年下らしさを覗かせた回



とても良い

楽勝だと思ってた中学校のテストでうたた寝、そしてまさかの補修なまひろ………

だけど、もみじには「まひろはやっぱこうじゃないとね」と言われて気付く
変に気張らなくて良い、余計なプレッシャーを感じなくて良いのがこの女子中学生の身体になった自分こそが、ありのままの自分になれる姿なのだ

だけど、同時に悔しさどちゃんとしなきゃという思いもあって自主勉強
みはりにはえらく褒められたけど、でもこの姿もまたまひろらしさなのかもしれない
今まで引きこもっていたまひろはのしかかるプレッシャーの反動、のびのびとさせてみればまひろだってちゃんと頑張れるのかもしれない


調理実習のクッキー作りのパートも良かった

かえでにクッキー作りを教えてもらう中でまひろが知ったのは、かつて自分を思ってクッキーを作ってくれていたみはりのこと
今まで知らなかったみはりの兄への想い

今度は妹となったまひろが姉みはりへ思いを込めて作る番、クッキーにはみはりの喜ぶ笑顔を想像した愛情を込めて
お姉ちゃん、もう泣いちゃうくらい嬉しいです



良い

なぜか急に中学校に行くことになったまひろ

というのも……、発端はもみじとそのクラスメイトのみよとあさひ、学校帰りの彼女たちと女子会をする中でまひろは同い年(?)の女の子たちとの気のおけないやりとりに花を咲かせる

だけど、帰り際のまひろは何だか遠慮気味、それは友だちの輪に勝手に混ざってしまったような感覚のせい
でも、同時に「また明日か…」と寂しげな表情も浮かべるまひろ

だったら、その輪に入ってしまえば良い!と言いたげにみはりにお古の制服を用意されて、まひろは飛び込む

最初は戸惑いつつあったまひろだけど、でももみじやみよ、あさひのおかげですぐに溶け込めて、またしてもなんだかんだこの生活を楽しみ始めるまひろの笑顔が見ることができた回



良い

美容室へ行くまひろちゃん
なんか気付いたらセットされてたけれど、フワッとした髪はなんだかおねぇさんっぽい印象があるわね

そして、ハロウィンパーティー
南瓜三昧の席でふと出た話、中学生の頃のみはりがよくかえでにお兄ちゃんの話をしていたということ
まひろはなんだか陰口だったんだと勘違いしていたけど、みはりはなんだかんだ昔からお兄ちゃんのことが好きなんだってことを実感できた回



全体
良い
映像
とても良い
キャラクター
とても良い
ストーリー
良い
音楽
良い

「グリッドマン ユニバース」─重なる世界が見せた真実とメタフィクション─ 感想と考察
https://llxyo.github.io/post/gridman_universe/

ファンムービーの枠にありながら、可能な限りに重厚な物語を描き切った感があった。

そして、この物語はすべての妄想への賛歌なんだと思う。
子どもっぽくて、夢想的で、ロマンチックで、非現実的なメタフィクション。

GRIDMANで人と繋がることを知り、DYNAZENONで自分を貫くことを知った僕たち人間は、今度は夢見ることを知る。


「グリッドマン物語」

それは霧のように消えてしまったあの2か月のことを、みんなに本物だったんだって伝える物語。あの日々の中で得た大切なものを残すために、六花と内海にとって今自分たちだけにできること。それが文化祭の演劇であの出来事を再現して、今一度本物の出来事にしてしまうことだった。

この世界ってフィクション?

だけど、この世界はまたしても歪められてしまった。DYNAZENONの世界が重なり合って、みんなそれぞれの夢に見たような理想が叶っていく。ガウマは姫と再会して、裕太は六花と良い雰囲気なれて...。でも、こんな優しくてカオスな世界はまたしても作り物のフィクションだった。

たとえ何次元でも、この世界はたった一つの本物

だけど、裕太たちの世界も、蓬たちの世界も、グリッドマンの生きるハイパーワールドも、アカネのいる3次元の世界もすべて本物。マルチバースの歪みを修復するために、下位次元の裕太たちがより高次元のグリッドマンを助けに行く。そして、その中で現実世界のアカネが手を貸してくれる。どれも本物のノンフィクションなのだ。

それぞれの世界を生きている人がいて、自らの意思と意味を持って存在している。3次元の世界の中に2次元の世界があったり、その外側に観念的な世界があったりするけれど、彼らが自らの手で彼ら自身の世界を形作っていることは紛れもない真実。階層的だけど、個々人の意志のように独立した世界観がそこにはある。

重なり合って繫がり合って、嘘も本当に

だけど、その一方で、隣り合う世界同士が作用し合うこともまた真実。修復されてみんなが忘れてしまったグリッドマンの物語やアカネという友だちの存在は決してなかったことにはならない。裕太や六花、内海が彼らに貰った勇気や生きる意味は残り続ける本物。そして、蓬や夢芽たちと過ごした一時の日常や一緒に作り上げた文化祭もまた真実だ。

それにこの世界から旅立ったアカネも、液晶越しに僕らを見つめている。彼女が情動や妄想が生み出したこの世界はフィクションだけど、そこには確かに現実との繋がりがあって、それが空想を現実足らしめている。それはまさしくアカネがアンチという怪獣に命を与えて、人間としたことのように。

設定盛りすぎで、奇抜でバカバカしくて、出来過ぎな物語だったけど、そこに感じた思いやぶつけた想いは等身大の僕たちの物語。この頬を伝う涙が偽物ではないように、僕たちの二つの物語に向けた熱狂の末に、新たに生まれたこの一つの物語もまた絶対的な現実なのだ。

フィクションを信じた幼く愚かな僕たち

もし世界がピンチになれば、これからもグリッドマンはすぐに助けに来てくれる。僕たちが人生の中で落ち込むようなことがあっても、アニメが支えになって、道を示してくれる。それはまやかしなんかじゃない、僕らの人生の中にアニメが織り込まれていく。

そうやって、フィクションさえも信じ込んで本物にしてしまう。それがか弱い僕たち人間だけに許された強さなのだ。だから、裕太は現実が歪みかけた世界で六花と良い雰囲気になれたまま、修復された世界でも彼女と繋がることができたのだ。



全体
とても良い
映像
とても良い
キャラクター
とても良い
ストーリー
とても良い
音楽
とても良い

「SSSS.GRIDMAN」─甘くて不安定なアカネの世界の意味─ 感想と考察
https://llxyo.github.io/post/gridman/

不安定・青春エッセンス

新条アカネの心という狭いセカイの中で、彼女自身の存在がいっぱいいっぱいに肥大化していた。彼女の怒りやストレス、ナイーブさや未熟さ、自己中心さやわがままさといった自己と世界が分離できてないセカイの捉え方を、愛おしさたっぷりに言えば青春と呼び、はっきり言えば幼さとか子どもっぽさと呼ぶ。

そんな彼女の自尊心と自我が膨らみ続ければ、やがて15歳か16歳の小さな器では収まりきらなくなって、次第に自己と世界の間から整合性が失われてしまう。あるいは、その器・彼女自身が孤独に傷つけられて欠けてしまうと、自分自身という中身を器の中に保てなくなってしまう。

新条アカネは前者の素養もあるけれど、同時に孤独といった形で後者の原因もあったように思う。そして、自分の意思と現実世界が折り合いを付けられなくなって、彼女は自己と世界が分離されないセカイを、彼女自身の内側に作り出してしまったのだ。

そこは全てが思いのままのセカイ、みんな私を好きになる。そして、本来あるべき姿、あって欲しかった日々、ただただ楽しいだけで良いという幼さの詰まったセカイは、まさにアカネに幼い視野を表象であり、「日常」と呼ぶのだと思う。


第9話「夢・想」:幻と現に引き裂かれる私

裕太や六花たちは不思議な世界に迷い込む。アカネといつも以上に親密な日常をだらだらと過ごすだけの日々。うっとりとした熱にほだされてしまいそうになりながら、甘い夢に酩酊していく。

そう、はっと気づけば、これは夢なのだ。そして、裕太たちが覚醒して、現実へ帰らなくちゃと駆け出す。

だけど、束の間の夢は覚めてしまえば、アカネにはひたすら孤独で、空虚で、空しく届かないものが詰まった現実を目の当たりにさせられてしまう。

そんな夢が夢だと突きつけられた中で、この夢が現実であって欲しいと焦がれて固執し続けたせいで、アカネは却ってその夢の中から帰ってこれなくなってしまった。夢を現実だと自分に言い聞かせ続けて、夢を現実にするために不都合な事実を跳ねのけようとする。

「六花は私のこと嫌いになれないよ、私が六花のことそう設定したから」

自分がそう仕組んだのだからアカネ自身が一番その事実を良く知っているはずなのに、六花たちがこの世界が偽物だと気づいてもなお、アカネだけがこの世界で一緒にずっと楽しい日々を過ごそうよとせがみ続ける。

本当に救うべきなのは、この偽りの夢の世界に囚われた者たちではなく、理想と現実の狭間で溺れている新条アカネなのだ。


第10話「崩・壊」:3人の子どもたち

ヒーロー・裕太、人間・アンチ、そして怪獣・アカネという3人の幼さや子どもっぽさの象徴たる存在。

アンチの当初の何もなさや動物のような振る舞いはまるで自我のない赤ん坊のようだった。しかし、赤ん坊はやがて育っていく。そして、いつしか人の心を読んで人に合わせる、そんな優しさを育んでいた。怪獣として生まれた彼にとって、それは失敗作かもしれない。だけど、人間に近づきすぎたそれは既に人間の命を持っていた。

気付けば記憶喪失だった裕太は、世界の危機を前に「自分にだけできること」を追い求め、グリッドマンと一体になって戦い始めた。自分自身をヒーローに重ねるのは、何とも典型的な子どもの姿のようで微笑ましさすらある。自分を特別な存在だと信じ、大きな力で世界を変えてやると意気込む。稚拙だが、一方で果てしなく健全な姿である。

アカネの稚拙さは言うまでもない。その結果が、この作り物の世界。そして、その果てに、彼女は存在するだけで人の日常を奪ってしまう怪獣を生み出すことに終局する。不都合な現実をなかったことにするのだ。そして、それは他人の日常だけでなく、自らの日常すらも蝕む。他人との繫がりをも破壊して、孤独に孤独を重ねる。そうやって日常を壊すままに、彼女は裕太を刺してしまう。


第11話「決・戦」:たった一つ、信じるのは友達

だけど、人間には、人間だから、怪獣となったアカネのズタズタに切り裂かれた心の痛みも分かるんだ...。

だから、孤独の中で何も信じられなくなってしまったアカネを六花は追う。

そんな六花のことをアカネは関係ないと突き放そうとするけれど、六花は「私は友達だと思ってる、だから全然関係なくない。」と迫る。そこでアカネは言い放つ「六花は私の友達として設定されたんだ」という言葉は、六花へ向けた言葉以上に、自分に対して突き刺す言葉だった。自分が作った世界の中ですら、私は本質的には孤独な存在なんだという言葉の自傷のよう。

それでも、六花の「私はアカネの友達、それ以外に生まれてきた意味なんていらないよ」という返答と「アカネはどう思ってるの?」という問いがアカネが目を背けていたもう一つの事実を直視させる。空虚な偽物の世界かもしれないけど、それでも確かに六花たちとの満ち足りた記憶の断片もあって…、それで充分じゃんという思い。

だけど、そんな真人間みたいな感情、アレクシスは許さない。そして、今度はアカネ自身を怪獣にする。もう怪獣は作れない、もう誰かの日常を壊せないと言う彼女自身を、怪獣という日常を破壊する存在そのものに変えてしまう。

もう人ではないソレは永遠の孤独の存在に成り果ててしまう。EDで描かれるような六花と二人隣り合った日常は手に入らない。君と同じ景色も見れない、君の隣にもいられない、最後までこの世界にかろうじて私を繋ぎ止めてくれていた六花との繋がりも失ってしまう……。


第12話「覚醒」:少女は人間に羽化する

怪獣が人間に戻る方法、幼い夢から覚める方法。

アカネ自身が神様として君臨する偽りの世界、イマジナリーな街はその心に収まってしまうほど狭いものにすぎない。そんな小さな理想の街は何もかもが自分の意のままで退屈だけど、狭い中でごちゃごちゃで自らコントロールもできない。そんなアカネだけの世界が、世界を破壊して、アカネ自身も壊してしまうアカネという怪獣を生んだのだ。

でも、だから、アカネは自分自身を飛び出した世界に、みんなのいる世界に羽ばたかなくちゃいけない。そして何よりも彼女の友達たちがこっちへ来いと手を引いてくれる。六花や裕太や内海が呼んでいるから、必要としてくれるからアカネは一緒に行かなくちゃいけない。

それに、大人も子どもも誰だって一人一人の存在だけど一人じゃない。だから、誰かが必要としてくれれば、二人の世界は繋がって、アカネの世界も広がっていく。そして、六花たち三人はアカネが設定して生み出した存在だからこそ、アカネが救われることを願っているのだ。

そして、そのためのグリッドマン同盟であり、アカネも含めた友だちという4人の繋がり。自分の心に収まらないような広い外側の世界、それは確かにままならなくて怖くなってしまう。だけど、その広い世界を生きていくための友達という存在であり、その友達と繋がるために広い世界に踏み出すのだ。

それに、自分が一方的に頼るだけじゃなくて、自分も誰かに頼られる。アカネの世界で言えば、「私のことを好きになってくれる」のだ。そんな繋がり合える世界こそが、アカネにとっての本当の居場所であり、退屈さとは無縁のままならないからこそ刺激的な日常が待っている。

怪獣と人間

怪獣と化したアレクシスケリヴとグリッドマンたちの戦い。それは怪獣と人間のせめぎ合いの最たる象徴として映り、また人間という存在の価値を浮き彫りにさせた。

限りない命を持つ怪獣が、その強大な力を持って人々の繋がりを断ち切り破壊する。その一方で、いつかは死んでしまう人間は弱い命を持っている。だからこそ、繋がりを求めることができて、破壊するのではなく、何かを生み出したり修復したりすることができる。

不完全な僕たちは自分たちの世界─それは自分自身の人生や、自分を取り巻く友達や仲間たちの存在─と繋がり合って、助け合って修復し合って生きていく。そんな人間の生き様を象徴した存在、僕らの友情の力を真価を教えてくれるのが、合体超人・グリッドマンだったのだ。

アカネは六花で、六花はアカネ

私たちはアカネという一つの心の中に生まれた二人、だから傍から見れば、同じ存在。そして、いつまでもどこまでも一緒で、互いに支え合って存在しているのだ。

だから、六花のアカネとずっと一緒にいたいという願いは、ずっと一緒にいるために叶ってはいけないのだ。アカネがきちんとこの世界から旅立って、現実のアカネに戻る。そうすることで、大きなアカネの中から小さなアカネは消え、大きなアカネの中で六花が生き続ける。二人が別々の存在ではなくて、二人が一人としていつまでも一緒に存在し続けられる。

一人が二人のままではいけない。この矛盾と同時にイマジナリーな世界を終わらせた時、アカネは夢から目を覚ませる。



全体
良い
映像
良い
キャラクター
良い
ストーリー
良い
音楽
良い

「SSSS.DYNAZENON」─不完全な僕たちの生き方ってなに?─ 感想と考察
https://llxyo.github.io/post/dynazenon/

どこか猜疑心に満ちた物語だったように思う。夢芽の姉に対する憶測、怪獣優生思想の一味との関わり、そしてこの物語の行く末というものの見えなさ。

自分の内側を裸にする

でも、そういう疑いをはっきりと口にすることが、もやもやとした霧を払う答えだということを彼らは提示した。そうやって本音を出し合うことで一つになれる。その象徴がダイナレックスで、相容れない本音の殴り合いがダイナレックスvs怪獣優生思想の戦いのように映った。

真っすぐな目がミライを見通す

そうして霧払いした先に見えたのは、未来。

そもそも疑念の霧を煙らせていたのは過去への執着や束縛。断ち切れないそれが、いつまでも今の自分たちの視界をフィルターし続けるせいで、ありのままの現実をそのまま見とめることができない。夢芽が姉の自殺を疑うことも、5000年前の怪獣優生思想たちとガウマの衝突も。

でも、過去を振り切れるからこそ、未来へ走り出せる。

最終回のエピローグ、ちせがゴルドバーンを送り出して、堤防を走りながら「ありがとう」叫ぶの姿はまさにその象徴として映る。ちせにとってゴルドバーンは外の社会生活に飛び出せない自分の支えであり、それを手放す心中は涙で満ちているはず。だけど、そんな過去の自分を振り切って、新しい自分を探して突き進むからこそ、ちせはゴルドバーンを笑顔で送り出せる。自分の手を離れていくゴルドバーンこそが未来の自分の象徴となるのだ。

未完成なままの僕たち:Im-Perfect

過去を霧払いした先に待っている未来、それがどんな形をしているのかなんて分かりっこない。

だけど、そんな不自由さこそが人間であって、かけがえなさなのだ。不自由さの中で、もがきながら生きるのが人間なのだから、別にスッキリしなくても良い。最後にこんなエンディングで良かったのかなって思いながら、手にした結末を未来の中で正解していく過程こそが正解なのだ。

そして、どこかハッキリしないスッキリしないこの物語の結末。蓬たちは怪獣優生思想に勝ったけれど、エピローグではどこか曇ったような表情を終始浮かべている。それは、この物語の結末が正解だったのかどうかを視聴者に考えさせる。その時、あなたの表情もきっと蓬たちのようにどこか晴れないものではないだろうか。

でも、それこそが正解なのだ。100点満点の答えを得るのではなくて、明確な正解も間違いもないものを突き付けられて、そこに正解を見出していくことが正解なのだ。少なくとも私は「DYNAZENON」をそう解釈することで、この物語は良い物語だったという一つの正解となる評価を下した。

そして、だからこそ、最終話のサブタイトルは「託されたものってなに?」であるのだと思う。「託されたもの」というのは、この物語が伝えたかったメッセージや、あるいは蓬たちがこの先生きていく人生のことなのか、それすら判然としない。でも、それはこの物語をたった今見終えた自分にしか分からないことだし、その自分自身がこれから思いを巡らせた末に見つけに行くもの。そんな「託されたもの」は曖昧だからこそ、既にある過去の中に答えはなくて、これから走り出す未来の中にあるはずなのだ。

世界観が描き出す人間らしさ

人と人とが繋がり合うことこそが不完全な人間という存在の生き方なんだというのがGRIDMANが示した人間像だった。それを受けてDYNAZENONが描いた人間像は、人が繋がり合うためには不完全な弱さを抱えた本音を曝け出してぶつけ合わなければいけない、そして正解のない正解を未来に求め続けることこそが不完全な人間の正解というものであった。



良い

かけがえのない不自由があることこそが人間であって、もがきながら生きることが人間だから、スッキリしなくて良いのか
こんなエンディングで良かったのかなって感じて、それを正解する過程こそが正解

なんかそれを視聴者に考えさせるこの展開こそがそれそのもので高度にメタ的だな、まぁだから託されたものってなに?ってサブタイトルなのかな



とても良い

まひろがこの身体になった意味みたいなものを感じた回

以前は一人で部屋に引き籠もっていたまひろだったけど、女の子の身体になってからはずっとみはりが傍にいた
だから、そのみはりがいない今日はなんだか寂しい、前のような一人の日常に帰るとなんとなく心細い

そうして、ふと気付くきょうだいの存在が心にくれる温かさとか安心感をまひろは感じる
だから、みはりが帰ってきて、二人の日常が戻るとまた心があったかくなって、ちっちゃなお姉ちゃんにこの兄は甘えたくなってしまう

そして、もみじとの出会いのBパート
初めての友達となった彼女はきょうだいとはまた違った距離の近い存在
同じ目線でふざけ合ってバカやって、それはお姉ちゃんとはできない楽しみの一つ
さらに頼り頼られではない理由がある友達という関係に、まひろは思わずラッキースケベを食らうような形で男の子とか女の子とかを意識させられてしまう、バカだね〜〜



とても良い

モールに繰り出したまひろとみはり、大人に囲まれるとやっぱり二人のちっこさが際立って、幼いきょうだいだけの切なさとか脆さみたいな印象と、だからこそきょうだいの絆みたいなものが目に映る

そして、爆乳おねーさん・かえでの登場
みはりとはまた違った頼れるお姉さんの存在は、みはりのお姉ちゃんだけど妹であることを印象付けられた

まひろにとってみはりはお姉ちゃんである前に妹、だから女の子の身体になっても時には兄らしくみはりを看病したりして守ってあげなくちゃいけない

そして、みはりが思い出すのは昔のまひろ
最近のまひろはすっかり自分と遊んでくれなくなっていた、だけど女の子の身体になった兄は昔みたいに優しくしてくれて、たくさん話をしてくれて……
兄が妹になってしまったからこそ、かけがえのない兄妹の繋がりを思い出す、そんな1話でした



とても良い

兄妹が姉妹になっても、きょうだいの繫がりは変わらないんだって回

銭湯で見かけた兄妹に、まひろは幼い頃にみはりの髪を洗ってあげていたことを思い出す
今はまひろちゃん、おねぇちゃんなんてふざけて呼んでみたりすることになってしまったけど、変わらないのはきょうだいであること

みはりの裸を見ても何にも思わないやとまひろがからかうことも、女の子の身体でおしゃれするのが楽しくなってきちゃったまひろに影響されて自分もみはりがおしゃれしてみること、初めての生理に戸惑うまひろをみはり看病すること
それは友達や親子とは違う、何か決定的な壁のない関係、ギブアンドテイクみたいな対等な関係である一番近くの隣人だから生まれる光景なんだなって思わされた



全体
とても良い
映像
普通
キャラクター
良い
ストーリー
とても良い
音楽
とても良い

ジャズの音色とジャズにかける思い。そんな具体的な形を持たないものが、はっきりと目に見える程の爆発を描き出す。そんな物語がこのアニメだった。

信念と存在が宿るサックス

貫く自分の思いと信念、そして光る存在感と人を虜にする魅力。解き放たれる覇気や気力、生命力といった強さ。それこそが宮本大のサックスが奏でているもののように感じた。

溢れんばかりの自分自身を信じる力が大にはある。だから、彼の無骨な音色はこんなにも人を惹き付けるのだ。人が聴きたい音ではなく、聴かせたい音を奏でる。そんなサックスはもはや大という存在や生き様そのもののように映る。だから、こんなにも圧倒的で、全てをポジティブ捉えるような彼の力強さがそのままに溢れているのだ。

そして、彼の荒々しい音色も限界を超えて練習し続けた彼の手指そのもののように聴こえるではないか。初めて大のサックスを聴いた時、まさに雪祈はその音だけで彼の血の滲むような努力を感じ取って、その覚悟の差に悔し泣きをした。

一度死んだ天才は、自分自身に生まれ変わる

それが一つの伏線だったのかもしれない。雪祈が良い音を奏でるのではなく、勝つための演奏にこだわる理由。それは自分自身を演奏で解き放つ自信のなさや決してスマートではない全力さの欠如。

選ばれしトッププレイヤーになるには数少ないチャンスを掴み続けるしかない。だから、そうやってどこか守りに入ってしまう気持ちも分かる。だけど、それでは光れないし、惹かれない。

そんな彼は夢の舞台・ソーブルーのオーナーに全否定されて、初めてそのことを思い知った。そして、畳み掛ける交通事故。文字通り、雪祈は壁にぶつかってバラバラになった。

もう小綺麗に飾り立てる自分もない。そこに残ったのはただただ強い思いだけ。血のように夢と情熱が駆け巡るその指が弾く鍵盤は、テクニックで小賢しく騙し魅せるようなものではない、本物の彼だけの音色を奏でる。だから、こんなにも感動的で、熱い感情が目から溢れるような演奏になるのだ。

魅せられた凡人はバカになれる

玉田のドラムだってそうだ。彼も大のサックスに魅せられて、居ても立っても居られない衝動を呼び起こさせられた。数日もしないうちに大金叩いてドラムセットを買う程の覚悟をたちまちさせたのだ。

そして、それだけの強さがあるから玉田もまた挫けない。大と雪祈という天才と素人が並び立つことで圧倒的な差を痛感しても、それだけの思いの強さがあるから、彼はまた立ち上がる。むしろその思いの分だけ悔しくて苦しいからこそ、泥臭く愚かな程にがむしゃらになれる。

だけど、その姿はあまりにも美しいのだ。彼のことを見るのも痛いような初舞台からずっーと追いかけてきた老人は、そんな泥臭くて一生懸命な姿に魅せられていた。

己自身を信じるサックス

私たちが魅せられていたのは、彼のサックス以上に、その金管を通して吹き出された揺るぎない自分自身を貫く生き様だった。たとえ無謀でも、いや無謀だからこそ、まず自分が自分自身を信じなければならない。それこそが世界一のプレイヤーになる道なのだ。



とても良い

超高級アニメーションで描かれるポルノアニメ

もうね、まひろの手足の華奢さとイカッ腹具合が絶妙に犯罪的
そして、絶妙に大事なとこを隠すレイアウトや戸惑いでおろおろキョドキョドするまひろの仕草や動き、いや〜素晴らしい
特にお部屋のゴミ視点の構図が好き、なんとも言えない生活感や日常感とそれを覗き見するようなひっそり感がなんとも言えない

何気ないからこそオッと思わせる細かい所作のアニメーションや、メリハリと雰囲気醸成がものすごい劇伴、グッと目を引く構図の画が次々と映し出される
話のおもしろさとか抜きに観て聴いてるだけでもおもしろい上に、フェティッシュな描写がイケナイほどに引き立てられる

さらにその一方で、ちっこい妹がもっとちっこい兄をよしよしするのとても良い、本当に素晴らしい
健全なインピオ見てるみたいな感覚になってしまう



全体
普通
映像
普通
キャラクター
良い
ストーリー
普通
音楽
とても良い

リーゼロッテのツンデレを愛でるアニメ
作品の設定上、視聴者として声出して突っ込むとだいたい実況の遠藤くんの台詞と被るのがやたらもにょった感
設定がなかなか面白くて、流行りの兆しを見せてる異世界⇔現実世界行ったり来たり系の亜種っぽさがあった
ただ途中途中で展開の進展がだだ止まるようなとこがあったところが気になりました



良い

ずっと画面越しの存在だった遠藤くんと小林さんとリーゼたちが、ゲームの中で対面するラスト、ちょっと感動ものだわ....



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