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普通

東福寺の水を浮かぶ紅葉を見て、 竜田川の在原業平の和歌を連想する……か。まあしてもおかしくはないかな。
埼玉の元彼カップル、今更わざわざ謝りに来るのは葵のためという思い込みであって、その実は自分達の罪悪感を消し去りたいだけ。罪悪感があるだけマシとも言えるけど、時が経ってから謝って許されようとするのは葵の心の傷に塩を塗りに行くようなものでもあって、その想像力がない。取り巻きの「葵かっこいい」は葵本人の気持ちを露ほども想像しない浅はかな物言い。確かに低劣でえげつない。けど、高校生ぐらいだとこういう感じの連中は少なくない。「つらさに敏感な人のことを本当の教養人と言う」という太宰治の言葉を思い出した。
僕は京大出身ではないけど、学生の頃は京大生とも院生とも少なからず縁があったので、あまり冷静に見られないところがある。
祇園さんは人が多過ぎるのと暑過ぎるのとで、その時期は行かないようにしてる。
百人一首の歌ばかり出てくるあたり、よりポピュラーさを重視するラノベ原作らしいなと。



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